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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)1564号 判決

原告 大島昭三

右訴訟代理人弁護士 安西義明

被告 株式会社日の出

右訴訟代理人弁護士 小川休衛

同 森寿男

同 木村英一

主文

被告は原告に対し金二〇二万八、九〇〇円、及び内金九四万三、五〇〇円に対する昭和四六年四月一八日から、内金一〇八万五、四〇〇円に対する昭和四八年五月二六日から、各支払済みに至るまで、年六分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

一、原告は「被告は原告に対し金二〇八万五、四〇〇円及び内金一〇〇万円に対する昭和四六年四月一八日から、内金一〇八万五、四〇〇円に対する昭和四八年五月二六日から、各支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因を次の通りのべた。

(金一〇〇万円の請求原因――昭和四六年(手ワ)第八五一号事件)

(一)原告は、被告振出しにかかる左記約束手形二通(以下「本件手形」という)の所持人である。

(1)額面 金七〇万円

支払期日 昭和四五年二月五日

支払地 東京都豊島区東池袋一の三四の五

支払場所 東京信用金庫本店営業部

振出地 東京都豊島区

振出日 昭和四四年一二月三一日

受取人 白地(昭和四六年四月一五日「大島」と補充)

(2)額面 金三〇万円

受取人 大島

その外はすべて(1)と同じ

(二)原告は右手形を、支払期日に支払場所へ呈示したが、いずれも支払いを拒絶された。

よって原告は被告に対し、右手形金合計一〇〇万円と、これに対する、訴状が被告に送達された日の翌日から支払済みに至るまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(金一〇八万五、四〇〇円の請求原因―昭和四八年(ワ)第一五六四号事件)

(一)原告は建築工事請負を業とするものであるが、昭和四四年四月二八日、被告から「ホテル池田」の新築工事(以下「本件工事」という。なおこのホテルを「本件建物」と称する)を、代金二、〇〇〇万円で請負い、同年一二月三一日完成、引渡した。

(二)被告は原告に対し右工事代金中一、八〇〇万円を支払ったのみであり、残金二〇〇万円のうち、一〇〇万円については被告振出しの約束手形を受領しているが(但しこれが不渡りとなり、前記昭和四六年(手ワ)第八五一号事件で請求中)、その余の残額金一〇〇万円が未払いである。

(三)更に原告は、前記工事に関連して昭和四四年一二月ころ、被告の注文により、第二種誘導灯工事、看板灯電源工事等追加工事を、代金八万五、四〇〇円で請負い、同月末これを完成して引渡した。

よって原告は被告に対し、右工事代金残額合計一〇八万五、四〇〇円と、これに対する、訴状が被告に送達された日の翌日から支払済みに至るまで、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告は「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め答弁並びに抗弁を次のようにのべた。

(一)昭和四六年(手ワ)第八五一号事件の請求原因は全部認める。

(二)昭和四八年(ワ)第一五六四号事件の請求原因(一)は、工事を完成したとの点を否認し、その余は認める。原告は未完成のままで昭和四四年一二月三一日引渡したものである。

同(二)、(三)はいずれも認める。

(三)本件手形は、原告も主張する通り、本件工事(ホテル池田の新築工事)代金の支払いの為に振出した手形であるが、前記の通り本件工事は未だ完成していないのであるから、被告は、本件手形金及び本件工事残代金の支払義務はない。

(四)仮に右の主張が認められないならば、次の通り相殺の抗弁を主張する。

(1)本件工事契約においては、工事完成日が昭和四四年九月三〇日、引渡日が同年一〇月一五日と定められ、右完成、引渡しに遅滞があるときは、被告は原告に対し、遅滞一日につき請負代金の千分の一以内の違約金を請求することができる旨の契約条項が存する。原告は、前記の通り、本件建物を昭和四四年一二月三一日に引渡したのであるから、七七日間の遅滞があったことになり、請負代金二、〇〇〇万円の千分の七七に相当する金一五四万円の違約金請求権を被告は原告に対して有することになる。

なお予備的に、原告の工事が遅れたことによって被告が現実にこおむった損害を主張する。すなわち被告の当初の計画では、昭和四四年一一月一日にホテルを開業する予定であった。それが原告の工事遅延のため三ケ月遅れて昭和四五年二月一日にやっと開業することができたのである。ホテルの一ケ月の売上げは金一五〇万円であり、内金八〇万円が純利益となるところ、その三ケ月分合計二四〇万円が、原告の工事遅延によって被告が現実にこおむった損害となる。

よって、右違約金一五四万円、もしくは損害金二四〇万円のいずれかをもって、原告の工事代金債権と対等額において相殺する。

(2)本件工事には次のような瑕疵が存した。

(イ)一階階段下物置の内部がコンクリートむき出しで、塗装吹付きがなされていない。

(ロ)玄関の自動ドアの取付けが不備で作動せず、その枠も、注文したステンレス製になっていない。

(ハ)水槽タンクへの給水パイプに止水栓がない。

(ニ)右給水パイプに穴があいていた為、多量の水漏れがあり、本件建物を使用してから昭和四八年五月までに毎月七万円以上の水道料金を支払ってきたが、右水漏れがなければ毎月一万二、〇〇〇円位の水道料金で済んだ筈である。

(ホ)各室の天井の一部に張った天井紙が、引渡しを受けて間もなく剥がれてしまったので、やむを得ず被告が他の業者に依頼してこれを補修した。

(ヘ)日本間に取付けた障子が開閉のできない一枚障子であった為、消防署から防火上危険であると注意され、これを通常の障子に取替えた。

(ト)窓ガラスにセメントの汚れが付着している。

(チ)玄関横の外壁及び車庫内壁の吹付け未済。

以上の瑕疵のうち、その一部は被告において補修したが、なお未補修の箇所が存し、合計すると右瑕疵による損害は金一〇〇万円を下らない。よって被告は、右損害賠償請求権のうち、被告がその補修のため自ら支出した金三六万二、二五〇円をもって、原告の主張する工事代金債権と対等額において相殺する。

三、被告の抗弁に対する原告の認否

(一)工事遅延を理由とする相殺の主張について

(1)本件工事契約において、工事完成日、引渡日が被告主張の通りに定められていること、引渡しがその約定より七七日遅れたことは認める。しかし違約金の定めについては争う。すなわち契約書に添付されている民間建設工事標準請負契約約款の第二四条に、被告が主張する趣旨の条項が存することは事実であるが、それは「契約書の定めるところにより、遅滞日数一日について請負代金の千分の一以内の違約金を請求することができる」というのであって、この条項から当然に違約金請求権が出てくるわけではない。違約金を請求するには、別に契約書によってその旨の定めをすることが必要であり、その額(割合)は、一日について請負代金の千分の一以内でなければならないというのが右条項の趣旨である。そして原告と被告との本件工事契約に違約金の定めは存しない。

(2)本件工事が遅延したのに原告のみの責任によるのではない。すなわち、①本件建物の暖房工事は、被告が他の業者に発注したのであるが、その工事が遅れたために原告の工事も遅延した。②建物外壁の吹付けは、被告がその職人を紹介する約束であったのに、それが遅れた。③誘導灯工事等の追加注文があった、等の理由によるものである。被告のホテル開業が昭和四五年二月一日であること、被告がその主張のような損害を受けたことは、すべて否認する。

(二)工事の瑕疵を理由とする相殺の主張もすべて否認する。

四、証拠〈省略〉

理由

一、昭和四六年(手ワ)第八五一号事件の請求原因事実は当事者間に争いなく、昭和四八年(ワ)第一五六四号事件の請求原因事実も、工事完成の点を除いて当事者間に争いない。請負工事の完成とは、建物の建築に関していえば、予定された工程が一応終了していると認められる場合には、工事は完成したといって妨げないと解するところ、原告と被告代表者各本人尋問の結果を総合し、且つ被告が主張する本件工事の瑕疵の内容に徴するとき、本件工事は完成したものと認めるに十分である。そして昭和四四年一二月三一日にそれが被告に引渡されたことは、当事者間に争いない。

二、よって被告の相殺の抗弁について判断する。

(一)本件工事契約において、工事完成日が昭和四四年九月三〇日、引渡日が同年一〇月一五日と定められていたこと、しかしながら原告から被告へ本件建物が実際に引渡されたのは同年一二月三一日で、約定より七七日遅れたことは、当事者間に争いない。

(1)右に基いて、被告はまず違約金を主張するのであるが、成立に争いない甲第三号証の一、二によれば、本件工事の契約書には、民間建設工事標準請負契約約款(甲)が添付されていて、形式上その条項が本件工事契約の内容となっていることを認めることができる。そしてその第二四条一項に「乙(請負人)が契約の期間内に工事の完成引渡しができないで遅滞にあるとき、甲(注文者)は契約書の定めるところにより、遅滞日数一日について請負代金の千分の一以内の違約金を請求することができる。但し工期内に部分引渡しのあったときは、請負代金からその部分に対する工事費相当額を減じたものについて違約金を算出する」との条項が存する。右の約款は、建設業法(昭和二四年法律第一〇〇号)に基いて建設省に設置された中央建設業審議会が、工事請負契約書の一つのひな型として作成したものであり、契約当事者が右約款の条項によって契約を締結する旨の合意をすれば、その条項がすなわち契約の内容となるというに過ぎないものである。本件工事契約は、右の約款によるという形式で締結されていることは前記の通りであるが、前出甲第三号証の一によれば、本件工事契約書のうち、約款による旨の記載は不動文字で印刷されているものであり、その表現も単に「工事請負契約約款」によるというものであって、実際に添付されている民間建設工事標準請負契約約款(甲)による、とはなっていない(いわゆる工事請負契約約款は、民間建設工事標準請負契約約款(甲)のみではない)。また被告代表者本人尋問の結果によれば、契約書作成の際被告が留意したのは、代金の支払方法についてのみであって、違約金条項は全く意識していなかったことが認められる。その他弁論の全趣旨も考慮するとき、本件工事契約締結の際、原、被告間に前記約款第二四条一項が定める違約金の合意がなされたものと認めることは困難である。

のみならず、右条項は「契約書の定めるところにより」違約金を請求することができる、というものであり、原告が主張するように、違約金を請求できるかどうかは、別に契約書において定めなければならない、と解する余地がある。少くともその割合(額)を契約書において定めなければ、請求できる違約金の額が確定しないことは明らかである。割合(額)の定めが特になければ、当然に遅滞一日について請負代金の千分の一を請求できると解することは、文理上無理であるといわなければならない。右約款の第二四条二項は、前記第一項に続いて「引渡日つに請負代金の支払を求めても甲(注文者)がその支払を遅滞しているとき、乙(請負人)は契約書の定めるところにより、請負代金から既に受領した金額を控除した残額について日歩十銭以内の違約金を甲に請求することができる」と規定しているのであるが、この点も併せ考えるとき、民間建設工事標準請負契約約款(甲)は、請負人の不履行、注文者の不履行を問わず、違約金の定めをするかどうか、定めをするとしてその割合(額)をいかほどにするかの合意を、約款の援用とは別に予定しているものと解するのが相当である(約款を援用すれば、違約金の割合が制限されることとなる)。そして原・被告間に右の違約金の合意がなされたと認めるに足る証拠はない。

以上、いずれの理由によっても、被告の、違約金の主張は理由がない。

(2)被告は、予備的に、工事遅延により被告が現実にこおむった損害を主張するのであるが、被告代表者本人尋問の結果中に一部右主張に添う供述が存するけれども、右供述のみで被告主張の損害を認定することはできず、外にこれを認めるに足る証拠はない。そもそも、甲第三号証の一と原告本人尋問の結果によれば、本件建物の建築工事には、冷暖房工事原告が請負わない別工事があり、それとの進行上の調整があったことや、法令の改正によって、ホテル営業には夜間の誘導灯が必要となった為、その追加工事がなされたこと等、本件工事が遅延したのは原告側の事情のみによるものとは必ずしもいえないことが認められるのである。従って、被告の損害金の主張も認容することができない。

(二)工事の瑕疵を理由とする相殺の主張について

(1)被告主張の(イ)と(チ)の塗装、吹付けがなされていないことは、被告代表者本人尋問の結果によって認めることができるが、それらが果たして必要な工事であるのかどうか(原告本人尋問の結果によれば、物置の内部吹付は不要であるという)、必要であるとしても、原告がそれをしなかった為に被告がどれほどの損害を受けたか、証拠上明らかでない。

(2)被告主張(ロ)の自動ドアについても、それが不完全であったことは証人池田文栄の証言と被告代表者本人尋問の結果によって認められるが、その為に被告がいくら損害をこおむったのか、同じく明らかでない。なおこの自動ドアは、当初ステンレス製の約束であったが、資材が値上りした為、被告の了解を得てアルミ製のドアにしたものであることを、原告本人尋問の結果によって認めることができ、この認定を覆えすに足る証拠はない。

(3)被告の主張(ハ)及び(ニ)の給水パイプの瑕疵については、被告代表者本人尋問の結果によれば、その主張のような事実があったことを認めることができるが、その止水栓を取付けなかったことが原告の工事の瑕疵といえるかどうか疑問があるし(仮に瑕疵といえるとしても、その為の損害額を確定できない)、水漏れの点については、被告代表者本人尋問の結果によれば、本管から水槽までの間にある自動車洗車用水道栓の附近が破損していることを、昭和四八年五月になって気付いたというのであって、原告の工事の瑕疵によるものと断定することは到底できない。乙第三号証が、被告の主張する瑕疵の修補代金の一部であるかどうかは、被告代表者本人尋問の結果によっても明らかでない。

(4)被告の主張(ホ)の点については、被告代表者本人尋問の結果と、それによって真正に成立したものと認められる乙第五号証の一、二によれば、工事完成後間もなく、客室天井の張紙がはがれるようになったので、被告において業者を依頼し、これを全部剥がしてペンキに塗り替え、その代金として金五万六、五〇〇円を支払っていることを認めることができ、この認定を覆えすに足る証拠はない。工事完成後間もなく、天井の張紙がはがれるということは、工事の瑕疵というべきであるから、被告のこの点の相殺の主張は理由がある。

(5)被告の主張(ヘ)については、そのような事実があったことは被告代表者本人尋問の結果によって認めることができるが、原告本人尋問の結果によれば、この障子は、当初の設計にはなかったのであるが、被告の希望により、開閉できない一枚障子を被告も承知のうえで設置したものであることを認めることができるので、それが消防上の観点から取替えざるを得なかったとしても、原告の工事に瑕疵があったものということはできない。

(6)被告主張(ト)の窓ガラスの汚れも、その時期が必ずしも明らかでないので、工事の瑕疵といえるかどうか疑問であるが、そのような事実があったことは被告代表者本人尋問の結果によって認められる。しかしその為に被告がいかほどの損害を受けたかは全く不明である。

三、以上認定の通りであるから、被告の相殺の抗弁は、天井紙の不完全に基く金五万六、五〇〇円の限度で認められるに過ぎない。よって原告の本訴請求は、右を除いた金二〇二万八、九〇〇円の支払いを求める限度で正当であるからこれを認容し、その余を棄却し、なお右相殺の認められた五万六、五〇〇円は、訴状送達の日が早く、従って被告(債務者)にとって弁済の利益が大きいと認められる手形金を反対債権として、相殺したものとする。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条を、仮執行宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用したうえ、主文の通り判決する。

(裁判官 高橋金次郎)

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